
黒瀬水産株式会社について
黒瀬水産株式会社は、宮崎県串間市に本社を構え、株式会社ニッスイのグループ企業としてブリ養殖業界を牽引するリーディングカンパニー。親魚からの採卵・稚魚の育成から、生け簀での飼育、加工・出荷までを一貫して手がける垂直統合型の養殖事業を展開し、年間約200万尾のブリを養殖している。これは日本のブリ生産量の約10%に相当する。
今回の導入事例の舞台は、鹿児島県南九州市の頴娃(えい)種苗センターだ。海水が清潔で冬場の水温も高いこの地域は稚魚生産に理想的な環境であり、ブリの親魚から採卵・育成を行う黒瀬水産の完全養殖を根幹から支える重要拠点である。第1陣だけで約30万匹の稚魚を扱い、現在約15名のスタッフが日々の業務にあたっている。
導入企業: 黒瀬水産株式会社(宮崎県串間市)
導入拠点: 頴娃種苗センター(鹿児島県南九州市)
導入製品: 拠点間常時接続システム「お隣オフィス」(※)
設立年月日: 2004年1月8日
従業員数: 271名
業務内容: ブリ・カンパチの養殖
企業サイト: https://kurosui.jp/
(※)お隣オフィスは、リモートコミュニケーションシステム「LoopGate」を常時接続に最適化したパッケージソリューションです。

黒瀬水産が抱えていた課題

防疫対策が生んだ、コミュニケーションの壁
養殖業において、魚の健康管理は事業の根幹に関わる最重要課題である。特に生まれたばかりの稚魚は、雑菌やウイルスへの耐性が極めて低い。成魚であれば耐えられる程度の病原体であっても、稚魚にとっては致命的な脅威になりかねないのだ。
頴娃種苗センターには、大きく分けて二つの機能がある。親魚を管理し卵を採取する「親魚センター」と、採取した卵から孵化した稚魚を育成する「稚魚センター」だ。この二施設は同じ敷地内にあるが、建物としては完全に分離されている。
その理由は明確だ。親魚は外の海から持ち込まれることもあり、細菌やウイルスを保有している可能性がある。一方、稚魚は免疫力が未発達であり、わずかな病原体でも壊滅的な被害をもたらしかねない。そこで黒瀬水産では、2024年4月から防疫対策として、稚魚担当スタッフと親魚担当スタッフを完全に分離する運用を開始した。事務所も分け、人の行き来を一切なくすことで、交差汚染のリスクを徹底的に排除したのである。
頴娃種苗センターのセンター長を務める有本氏は、この防疫体制の必要性を深く理解しつつも、そこから生じる課題に頭を悩ませていた。
「稚魚は生まれたばかりで非常にデリケートです。雑菌やウイルスへの耐性がほとんどないため、稚魚センターには完全に滅菌した状態で入室しなければなりません。防疫上、親魚側のスタッフとの物理的な接触は避けなければならない。しかし、業務上は日常的に連携を取る必要があるのです」
防疫のために人の往来を遮断したことで、二つのチーム間のコミュニケーションは著しく制限された。まるで「隔離病棟」のような状況が、日常となっていたのである。
切り離された現場で起きていたこと
防疫体制の導入後、現場ではさまざまなコミュニケーション上の困難が表面化していった。
まず、日常的な業務連携の滞りだ。養殖の現場では、親魚の状態が稚魚の管理に直結する。採卵のタイミング、親魚の健康状態、水温や環境の変化──こうした情報を迅速かつ正確に共有することが、稚魚の生存率や品質に大きく影響する。しかし、物理的に隔てられた環境では、ちょっとした確認のためにもメールを打ったり、電話をかけたりする必要があった。
Teamsなどのオンラインツールも試したが、それでは不十分だった。会議のたびにURLを発行し、相手を招待し、接続を確認する。参加者が操作に不慣れであれば、繋がるまでに数分を要することもある。「ちょっと聞きたい」「今の状況を見せてほしい」というリアルタイムのやりとりには、あまりにも手間がかかりすぎた。求めていたのは「会議」ではなく「日常」のコミュニケーション手段だったのだ。
そして何より深刻だったのは、特に親魚センター側スタッフの「孤立感」だった。稚魚センターと比べて少人数で業務にあたっている親魚チームのメンバーにとって、同じ敷地内にいるにもかかわらず仲間と切り離されている状況は、精神的な負担になっていた。顔を合わせる機会がなくなれば人間関係は自然と疎遠になり、電話一本かけることにも気を遣うようになる。そうした小さな心理的障壁が積み重なり、業務効率にも影響を及ぼし始めていたのだ。
「防疫は絶対に妥協できません。しかし、だからといってコミュニケーションを犠牲にし続けるわけにもいかない。安全を守りながら、隣にいるかのように自然にやりとりできる方法はないか──そう考えてインターネットで情報を探し始めました」
お隣オフィスが黒瀬水産の課題をどのように解決したか

「常時接続」という発想との出会い
有本氏がたどり着いたのが、株式会社RTCテックソリューションズ(旧:ギンガシステム株式会社)が提供するリモートコミュニケーションシステム「LoopGate」の常時接続ソリューション「お隣オフィス」だった。
一般的なWeb会議ツールとの最大の違いは、「常時接続」を前提として設計されているという点にある。ZoomやTeamsは、あくまで「会議」のためのツールだ。毎回予約を取り、URLを発行し、参加者を招待する必要がある。一方、お隣オフィスは、朝出勤してボタンを一つ押せば接続され、退勤時に切断するまでずっとつながったままの状態を維持する。まさに「壁の向こうに仲間がいる」という感覚を、映像と音声で実現するシステムなのだ。
有本氏が「お隣オフィス」のパンフレットをダウンロードしたのは2025年4月のことだった。概要を見た時点で、自分たちが求めているものに最も近いと直感的に感じたのだという。常時接続に特化したシステムという明確なコンセプトと、RTCテックソリューションズの28年にわたる映像通信の専門知識の蓄積が、その信頼感の源泉だった。
実機デモで体感した「これなら使える」
2025年4月、RTCテックソリューションズのコンサルタントが、大阪から鹿児島の頴娃種苗センターを訪問。実機を持参してのデモンストレーションが行われた。
デモの準備は驚くほど簡潔だった。お隣オフィス本体にカメラとスピーカーフォンをUSBケーブルで接続し、テレビにHDMIで出力するだけ。既存のネットワーク回線を使い、セットアップからわずか数分で大阪オフィスとの通信が始まった。
有本氏が最初に驚いたのは、操作の簡単さだった。リモコンのボタンを押すだけで接続でき、切断もワンタッチ。画面共有もカメラの切り替えボタンを押すだけでPC画面を相手に見せることができる。予約もURLの発行も不要──養殖の現場で働くスタッフはITの専門家ではない。朝の忙しい時間帯に複雑な操作を求められるようでは、日常的に使い続けることは難しい。その点、お隣オフィスの操作性は現場の実態に即していた。
次に印象的だったのは、映像と音声の品質だ。フルHD・フルモーションの映像は、大画面テレビに映しても鮮明さを保っていた。デモ中、大阪オフィスのスタッフが指を一本ずつ立てながら数を数える場面があったが、声と手の動きが完全に同期しており、リップシンクの精度の高さを実感できた。音声面では、ヤマハ製スピーカーフォン「YVC-331」のサウンドキャップ機能により、相手側で電話が鳴っても話者の声だけがクリアに届く。バータイプカメラのビームフォーミング技術では、9メートル離れた場所から普通の声量で話しても明瞭に音が届くことが実証された。
そして特に有本氏の関心を引いたのは、RTCテックソリューションズの大阪・東京オフィス間で実際に行われている常時接続の運用風景だった。画面越しに一つの空間として繋がっており、スタッフの在席状況が一目で確認できる。机が繋がっているかのような配置で、物理的には数百キロ離れていながら、まるで隣の島で仕事をしているかのような一体感がある。この「すでに実践されている常時接続の日常」を目の当たりにしたことで、有本氏の中で導入後の具体的な運用イメージが一気に膨らんだ。
「かなりイメージできました」──有本氏、デモ後の感触
防疫とコミュニケーションの両立という最適解
導入を検討する上で、有本氏が重視したポイントはいくつかあった。
クリーンルームでの技術的な成立性について。稚魚センターは完全滅菌環境であり、外部からの持ち込みは厳しく制限される。しかし、お隣オフィスの端末は設置型であり、一度セットアップすれば触れる必要がほとんどない。機器の消毒・滅菌処理を施した上で設置してしまえば、その後は電源を入れるだけで運用できる。防疫上の障壁をクリアしつつ、常時接続を実現できるという結論に至った。
安定性とサポート体制も決め手となった。お隣オフィスは専用端末による通信であり、パソコン上のソフトウェアとは異なり、OSのアップデートやセキュリティパッチの影響を受けにくい。万が一のトラブル時にも、土日祝日を含む有人サポートが用意されており、リモートでの問題切り分けや代替機の発送にも対応している。養殖の現場は365日休みなく稼働しているため、この手厚いサポート体制は大きな安心材料となった。
コストパフォーマンスの面でも納得感があった。2拠点の常時接続に必要な機器・運用費は現実的な予算感に収まり、既存のテレビやスピーカーフォンを流用できる点もコスト抑制に貢献した。RTCテックソリューションズ側も、顧客の予算制約を理解した上で、必要十分な機器構成と特別プランを提案。社内決裁ラインを意識した見積もりが提示された。
商談から導入に至るまでの過程では、頴娃センターの施設改修計画との兼ね合いで導入時期を慎重に見極める期間が続いた。施設改修の目途が立ったことで検討が本格化。有本氏から改めてトライアルの希望が寄せられ、再訪問によるデモが実施された。改装された新しい環境での動作確認を経て、現場での活用イメージがさらに具体化した。
お隣オフィスが黒瀬水産にもたらした変化

窓を通して隣にいる感覚
お隣オフィスによる常時接続が実現することで、頴娃種苗センターの日常は大きく変わることが期待されている。
最も直接的な変化は、稚魚チームと親魚チームの間に「窓」ができることだ。画面の向こうに仲間の姿が常に映っている。相手が席にいるかどうかが一目で分かるから、無駄な内線や電話をかける必要がない。話したいことがあれば、そのまま声をかけるだけでいい。「今、親魚の状態を見てほしい」「採卵のタイミングを相談したい」──そうした些細な確認や相談を気軽にできるようになることで、業務判断のスピードが格段に上がるはずだ。養殖の現場では、数時間の判断の遅れが稚魚の生存率に影響を与えることもあり、リアルタイムの情報共有は生産性向上だけでなく、魚の命を守ることにも直結する。
また、親魚センターで少人数で働くスタッフの孤立感が解消されることの意味は大きい。毎日顔を見て、言葉を交わし、同じ空間にいるかのような感覚を持てること。それは単なる業務効率の問題ではなく、働く人の心理的安全性とモチベーションに直結する。防疫の壁は物理的には必要だが、心理的な壁まで作る必要はない。お隣オフィスの常時接続は、その両立を可能にする解なのである。
今後の展望
養殖業の未来を見据えて
黒瀬水産は宮崎県串間市の本社のほか、延岡の事業所、鹿児島県内にも頴娃以外に笠沙や内之浦など複数の拠点を有しており、今回の頴娃種苗センターでの導入が成功すれば、他拠点への展開も視野に入ってくる。お隣オフィスは1台の端末から最大4地点までのダイレクト接続が可能であり、クラウドサーバーを介すれば100地点を超える大規模な接続にも対応できる。将来的に拠点が増えても、段階的に拡張していける柔軟性を備えている。
養殖業は、気候変動や海洋環境の変化、疫病リスクなど、予測困難な課題に常にさらされている。加えて、品種改良や新たな養殖技術の開発も進んでおり、拠点間の知見共有がますます重要になっている。拠点間のスムーズな情報共有と迅速な意思決定は、こうしたリスクへの対応力を高め、事業の競争力を維持する上で欠かせない。
クリーンルームでの常時接続という、一見すると矛盾するような要件を両立させた今回の導入は、養殖業界のみならず、厳格な衛生管理が求められるあらゆる現場に示唆を与える事例となるだろう。食品工場、製薬会社の無菌室、医療機関のクリーンルームなど、人の往来が制限される環境は多い。そうした現場においても、コミュニケーションの質を犠牲にすることなく業務を遂行できるという可能性を、今回の事例は示している。
「防疫は命に関わる問題ですから、絶対に手を緩めるわけにはいきません。でも、だからこそ人と人とのつながりを大事にしたい。お隣オフィスがあれば、壁の向こうにいるスタッフがすぐそばにいるように感じられる。それが結果的に、魚の命を守ることにもつながると信じています」
物理的に人が行き来できない環境であっても、テクノロジーの力で「隣にいる感覚」を作り出すことができる。その実証が、鹿児島の養殖場から始まろうとしている。




